サラ金勤務歴13年の元支店長が語る、サラ金からの借り方と集金回収の裏話/ザ・サラ金 
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何故サラ金に・・・。
何故サラ金に・・・。

平成2年、私がサラ金に足を踏み入れ就職した年である。
前職は不動産会社。
賃貸はお金にならないという理由でパンチパーマの社長は売買中心に商いをしていたバリバリの不動産会社である。
前職である不動産会社では売買の仲介、地上げ(開発事業と言っていたが)、売主としての販売と色々と経験させてもらったが、その時期はちょうどバブル絶頂期。
何をやっても「お金」になる時代でもあった。
どれだけ「お金」になったかというと、こんな事があった。
その不動産会社入社初日という事で営業の課長と現地を見る「物調」をする事になっていた。
だが入社日当日はちょうど反響日。
「反響日」というのは不動産情報誌や新聞の折り込み広告を見た客がその物件を求めて電話をしてくる日の事だ。
大抵土曜日とか日曜日がそれにあたる。
課長が今日から課の一員だからという理由で「反響」を取らせくれる事になった。
こっちからすれば何も分からないので有難迷惑だった。
当然、私はその日が入社初日なので不動産関係の事は全く分からないし何をどうすればいいのかも分からない。
心臓がドキドキしている内に一本の電話がなった。
その電話取って!と言われ恐る恐る受話器をとった。
初めての客は工務店の社長だった。
工務店の社長といっても女性社長でチラシにある約5000万円の中古物件を見たいとの事だった。
その女社長と電話をしながらどういう事をしたら良いのか課長に聞き、どうにか現地で合う事になった。
物件の詳細を見ると地図も載っていたので大体の場所はわかった。
課長も当然現地に同行してくれるものだと思ったが、先ほども話したようにその日は反響日なので一人で行くことになった。
車を飛ばし現地に着いた。
女社長はもう到着していた。
物件の詳細が記載されている「アットホーム」の写しを持って女社長に渡した。
物件を見ながら外見は結構気に入ったようだった。
外見を見ていると家の中から人が出てきた。
一瞬まずいとと思ったが、その家人は「不動産会社の方?」と聞いてきたので返事をした。
事情を話すと「中を見て行ってください」と言われたが、どうしたら分からなかったが、女社長が中に入ってしまったので私もそのまま中に入る事にした。
女社長は家の中を見て気に入ったようだが、私も中を見て夢中になっていた。
全部の部屋を見せてもらい、家人にお礼をいいその場で女社長とは別れた。
そのまま急いで会社に戻ると課長から「決まったぞ!」と言われた。
一足先に女社長から会社に電話が入っていてあの物件を気に入り、契約する事になったとの事だった。
何だかよくわからないが、家が一軒売れた。
入社当初の固定給は20万円歩合は手数料の30%。
今回約5000万円の物件が売れたので150万円の仲介手数料の30%が歩合として給料に上乗せになる。
入社当日に既に20万円+45万円=65万円の給料が確定したのだ。
何も分からない若造も一日にしてこんな収入を得ることが出来る・・・それがバブルだった。
しかし、そんなバブルはいつまでも続かなかった。
昭和天皇崩御となった頃より段々と不動産業界に陰りが見え始めてきた。
そしてバブル崩壊。
バブル崩壊と共に不動産評価は下落、かなりの土地を高値で購入していた会社は、社長が言わなくとも傾いて見えたものだった。
「不動産が駄目なら金貸しだ!目には目を!金には金をだ!」
その日、そんな不動産会社に見切りを尽きて退職を決意、そのまま社長室に行ってお世話になったパンチパーマの社長に挨拶をし、不動産会社を後にしました。
不動産会社を退職後、当時のデューダ(DODA)という就職情報誌で入社をする事となった金融会社(サラ金)を見つけた。
数ある金融会社でなぜサラ金にしたのか・・・。
実はサラ金を知らなかったのだ・・・・・。
バブル時代を生きてきた私はカードとは無縁。
財布には常に10万円以上は入れおり、それが無いと怖くて外にも遊びに行けない人間だった。
だからカードや借金、サラ金と信販・・・知りもしないし、区別も付かなかった。
要するに無知だったのだ・・・・・。
そんな人間がサラ金の面接を受けて就職が決まったのだ。
その時が私の人生の分岐点だったのかも知れません。



 
   
 

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